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自分

我が子ってなんだろう

最近、ふと考える。
「我が子ってなんだろう」
「肉親ってなんだろう」。

娘たちは、生涯独身でいたいと言う。
その言葉を聞くたびに、 私はどこかで「自分たち夫婦の不仲の影響だったのではないか」と思い、 胸が痛くなる事がある。

もっと穏やかな家庭だったら。
もっと安心できる結婚生活を見せられていたら。
娘たちの結婚観も違ったのだろうか、と。

親というのは、いくつになっても、 「子どもの人生に自分の影響があったのではないか」 と考えてしまうものなのかもしれない。


子どもがいない人生も、ありだったのかもしれない

でも、娘たちと離れて暮らして一年が過ぎ、 私は今、とても不思議な感覚を持っている。

もちろん、娘たちは大切だ。
子どもがいて良かったと心から思っている。

だけど同時に、 「もし子どもがいない人生だったとしても、 それはそれで悪くなかったのかもしれない」 とも思うようになった。

今の私は、 どこか“子どものいない62歳”のような生活をしている。

静かな毎日。
自分のペースで過ごす時間。
誰かのためではなく、 自分自身を感じながら生きる感覚。

それは寂しさだけではなく、 どこか穏やかさも含んでいる。


離れて暮らして見えてきたこと

年を重ねれば、 お金の管理や、もしもの時の判断など、 最後に信頼できるのは我が子なのかもしれない。

でも私は、 「自分の老後を娘たちに背負ってほしい」 とは思っていない。

親子だから支えてもらって当然、 とも思わない。

むしろ、 それぞれが自分の人生を生き、 必要な時に自然に助け合える関係でいられたら、 それが一番幸せなのではないかと思う。

親子だから必ず一緒に暮らす。
結婚して子どもを持つのが普通。
そんな“当たり前”を、 少しずつ手放している自分がいる。


娘たちの人生を尊重したい

だから今は、 娘たちが「生涯独身でいたい」と言っても、 以前より自然に、 「それも良い人生だね」 と思えるようになった。

結婚だけが幸せではない。
子どもを持つ事だけが人生の完成でもない。

一人で生きる自由。
誰かに合わせすぎない人生。
静かな安心感。

そういう幸せも、 確かにあるのだと思う。

そしてそれは、 私自身が今、 少しずつ体感している事でもある。


家族の形に正解はない

家族とは何だろう。
血のつながりとは何だろう。

年齢を重ねるほど、 答えは単純ではないと感じる。

血がつながっているからこその安心感もある。
でも、それだけでは測れない距離感もある。

きっと家族の形に、 正解はないのだと思う。

結婚する人生も。
独身を選ぶ人生も。
子どもを持つ人生も。
持たない人生も。

どれか一つが正しいわけではなく、 その人が納得して生きられる事が、 何より大切なのかもしれない。

だから私は今、 娘たちの人生を、 以前より少し柔らかい気持ちで見守れるようになった。

「それも、いい人生だね」と。

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