最近、ふとした瞬間に思う。
「ああ、富山に移住してきて良かったな」って。
埼玉では手に入らなかった暮らし
埼玉県から富山へ移住してきて、心から感じていることがある。
家賃が安い。
それだけ聞くと単純な話みたいだけど、実際には「生活の質」が大きく変わった。
埼玉にいた頃の家賃と同じくらい、もしくはそれ以下で、今はワンランク上の暮らしができている。
広々とした2LDK。
大きな窓。
陽当たりの良い角部屋。
朝陽も夕焼けも見える。
そして、空が広い。
立山連峰が見えて、銀杏並木があって、季節の色がちゃんと感じられる。
窓の外に開放感があるだけで、こんなにも心って変わるんだなと思った。
毎日の景色が心を整えてくれる
私は景色にすごく影響されるタイプなんだと思う。
朝、光が入る。
夕方、空がオレンジ色になる。
窓から山が見える。
それだけで、「今日も大丈夫かもしれない」って思えたりする。
以前は、窓を開けても隣の家の塀しか見えなかった。
空も狭くて、圧迫感があって、古くて薄暗かった。
もちろん、母の家だから、今まで住ませてもらったことへの感謝はちゃんとある。
だけど正直に言うと、息苦しさもあった。
隣の家の声が聞こえてきたり、古さやほこりっぽさに疲れてしまったり。
感謝と、しんどさって、同時に存在するんだと思う。
静かな部屋で暮らせる安心感
今の部屋は、築年数はかなり経っている。
でも、その分しっかりリフォームされていて、驚くほど綺麗。
鉄筋コンクリート造だから、隣や階下の音もほとんど聞こえてこない。
この「静かさ」って、実はすごく大事だったんだなって気づいた。
安心して眠れる。
家にいるだけで疲れない。
しかも隣にはセブンイレブンがあって、徒歩圏内にスーパーも郵便局も駅もある。
便利なのに、ちゃんと空が広い。
私にとっては、それがすごく贅沢なことだった。
古い家への感謝もある
昔の家を悪く言いたいわけじゃない。
あの家があったから、今まで暮らしてこられた。
だから感謝は本当にある。
でも、人って「慣れていた環境」が普通になってしまう。
今こうして、自分が心地良いと思える空間で暮らしてみて初めて、 「ああ、私はずっと疲れていたんだな」 と気づくこともある。
富山でなくても良かったのかもしれない
正直に言えば、「絶対に富山じゃなきゃいけなかった理由」があるわけではない。
でも、埼玉ではこの家賃で、この環境はなかなか手に入らなかったと思う。
広い部屋。
大きな窓。
静けさ。
開放感。
自分の心が休まる場所。
それを持てたことが、本当に大きい。
今の平和は、いろんな積み重ね
時々、部屋でぼーっと景色を見ながら思う。
「今、平和だな」って。
もちろん、人生いろいろあった。
だけど、
ありがとう、あの時決断した過去の私。
ありがとう、離婚してくれた元旦那。
ありがとう、eBay。
本当に、色々ありがとうって思う。
今の暮らしは、急に手に入ったものじゃなくて、 たくさんの選択や経験の積み重ねの上にある。
だから今日も、窓から空を見ながら、 「ここまで来れて良かったな」 って静かに思っている。

