弟が亡くなってから、時々ふと思い出す。
確かにこの世界に存在して、生きて、話していた人が、今はいないということを。
頭では理解している。
亡くなるというのは、そういうことなのだと。
でも時々、その事実が急に現実感を持って胸に落ちてくる瞬間がある。
「無」になることが怖くなる時
そしてその流れで、自分もいつか同じように消えていくのだと思うと、怖くなることがある。
永久に無になること。
意識が終わること。
もう二度と戻らないこと。
そんなことを考えていると、急に焦るような気持ちになる時がある。
死後の世界があればと思う
時々、死後の世界のようなものが本当にあればいいのにと思う。
肉体はなくなっても、意識だけはどこかに残っていて、また会える場所があるならと。
でも一方で、そんなものがあるなら、この世界には見えない意識が無数に存在していることになる。
それは自分の感覚では、どこか現実的ではないようにも思えてしまう。
信じたい気持ちと、理屈で考えてしまう気持ち。
その間を行ったり来たりしている。
それでも日常は続いていく
不思議なのは、そんなことを考えながらも、人は普通に生活を続けていくこと。
コーヒーを飲んだり。
窓の外をぼんやり見たり。
洗濯をしたり。
今日の天気を気にしたり。
そういう小さな日常を繰り返しながら、生きていく。
きっと人間は、死についてずっと真正面から考え続けられるようにはできていないのだと思う。
時々怖くなって、また少し日常へ戻っていく。
その繰り返しなのかもしれない。

